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ふくしをえらばない。

 昨日は朝6時から西成を出発して東京に行ってきました。

何をしに?

ふるさとの会支援講座(←詳細はクリック)参加と、別件で。

この支援講座「第2回 刑事施設後の地域生活支援講座~司法と福祉 軽度知的障害を持つ人への支援~」というタイトルがついている。

私自身、「司法」とか「刑事施設後」のことに、あまり興味があるわけではない。
一生懸命、その領域で仕事をしている人、仕事を始めようとしている人は知っている。

たしかに、「あまり興味がない」と書いたけど、目の前にいる人たちとかかわっていくには、この間、「しょうがい」についてブログで3人紹介したように、ケースは待ってくれない。(ブログはこちらクリックして
  しょうがいをもって(ないかのびょうき)①
  しょうがいをもって(さきをみる)②
  しょうがいをもって(じゅよう)③

けど、なんか、「海底深く沈んでいるヘドロ」みたいな 気分になっている。
沈殿しているくらいなら、脳みそをかき混ぜてもらって、
ちょっとでも、なんか出てこないかなと思っての研修参加。
そう、「藁にもすがる思い…」という諺をつかったらぴったり。

ケースに対して、いろいろ考え、あの方法、この方法と
生活をなんとかするためトライするが、状況は悪くなるばっかりなんだよな

内科の疾患をかかえている彼女なんて、すごく寿命を縮めている。


研修の最初と途中何度も繰り返されてきた言葉があります。
「(軽度知的障害を持つ人は)『福祉』を選ばない」 と。
今の困窮している状態よりよくなるのに、「福祉」を選ばない。
障害をもっている人たちにとって、今の「福祉」は選ぶに値しない。

今、私が提供できる「福祉」は彼女にとって、
野宿するよりも、売春もどきをするよりも、「地獄」なんだろうなと、ぶつぶつ。

糖尿病と慢性腎不全の彼女に、私が提供している「福祉」とは、
毎日、365日、朝事務所に来て服薬管理とお金を渡し、
18時、訪問看護かヘルパーが入って服薬を確認する、少しでも寿命を延ばす生活。

彼女はその「管理」された生活がイヤで、毎晩、
昔、野宿していたターミナルの地下街を、夜遅い時間まで、うろうろしている。

繁華街にいるとさびしくないのか?と本人にきいた。 だまりこむ。

そんなにさびしいなら、外で生活をする?ときく。
前みたいに、外で知り合った男の人と一緒に生活するの?ともきく。

「さびしさはなくならないよ、生きてる限り誰しもそうだと思うから」と本人に声をかける。
「今の生活を続けていたら、早く死ねるかもね」とも。
『緩慢な自殺か』と小さい声でいいながら、
彼女が望む「福祉」とは何なんだろうと、施設入所の準備をしながら考えている。

彼女が朝インシュリン注射をうった後に、食べるおにぎりを握って今日の業務は終了。
今年度は今日で終わり。明日から新年度。はやいですよね、みなさん  


                  
ふるさとの会の今回の研修すごく考える内容が多かったので、
またブログにそのときのこと書く機会あると思います。
そのときまで、研修の内容を「発酵」させておきます。
なんか、強烈な腐敗臭がしそうだけど、現場はそういうところです。

かみなり。

 雷がどかっと落ちました。私が落としました。ヘルパーの事業所と私に。

そのケースとかかわって2年半以上。

最初は、飯場のおやじが面倒みれなくなったと西成に連れてこられたと
相談に連れてきた人が言っていたのですが、
本人に生活歴をきくけど、よくわからない。ただ、困っていることは間違いない。

よくわからないけど、病院に一緒に。内科と精神科を受診。
施設入所も厳しいかなということで、サポーティブハウスに入居してもらいながら
毎日事務所に来てもらう生活がスタートした。

毎日来るけど、指の爪をみると汚れていてお風呂に入ってない感じ。
衣類も声かけをするも、同じ服しか来てくれない。洗濯している感じもないな~。
精神科の主治医と相談してヘルパーを利用してみようということに。

病院受診の前日に、ヘルパーさんに声かけをしてもらい入浴、
翌日、髭をそってさっぱりした顔で受診すると、先生から

また、服などに関しても強いこだわりがあったが、ヘルパーの声かけで
違う服や帽子を着るようになり、事務所で新しい帽子をみて
「お!、かっこいいやん」というと、 とスマイル。

そんな感じで、精神科的にはぼちぼち落ち着いているのだが、
急にするくらい、よくわからない熱発があり、えらいことになる。

また、ジュースや食事を買いにはいけるけど、
衣類やリハパンを履き替えたりするのが、ちょっと苦手。
なので、朝事務所に来たとき、尿の重みでお尻がプリプリになってることも。
部屋が蒸し風呂のようになっていても、窓をあけることは思いつかない。

すでにヘルパーさんは入って、入浴一緒にしてもらっているのだが、
入浴した翌日には、汗でベタベタだったりも。

毎日、お薬とお金をうちの事務所にとりにくるとき、
病院受診で待っているときなど顔をみるが、
どうしたもんかな~ と思っていたけど、何もしていなかった。

で、 の訪看部隊が部屋を集中的に訪問、本人に「窓を開けましょう」と声かけ。
毎日部屋にお邪魔していたら、答える言葉数が「はい」以外に増えてきた。

着替えをみたら、汗ジミや汚れていてきれいなものがない。
洗濯物の部屋の中で干すので、湿度が異常に高い。

さて、どうしたものかということで、ヘルパーの責任者に肌着や衣類の購入をお願い。
窓が二つある、上の階に引っ越しを。
引っ越しのときには、本人に声をかけて一緒にお手伝いしてもらいました。

その後、訪看部隊の責任者から状況をきいた。

「本人の部屋には、(ヘルパーさんが業務をするのに必要な)リハパンや汚染をさけるための手袋はあるけど、本人にとって必要なものがないんです…」と言ってましたと。

ヘルパーの仕事って、単に給料をもらう「業務」ではない。
もちろん、ヘルパーだけではなく、人とかかわる仕事はなんだってそうだと思っている。
自分の親や大事な人を、このケースと同じ状態で置いておけるのか…。

いかん!と思い、ヘルパー責任者に非常に厳しいメールを20時まわってから送信。
その直後電話がありましたが、仕切り直しです。

私も含めて、しっかり考えてケースとかかわり、
誰かが気づいたら、そこでしっかり軌道修正できる関係を保ちながら
一人のケースに多くの人がかかわって地域での生活は継続していく。。。

あらたなひろがり。

 みんな、 です。
いや~、先週の金曜日休みだったので、今週は仕事  → 山盛り
朝いちばんから、うちの事務所のパソコンがクラッシュ
ハードディスクは生きてたんですけど、ドキドキしました。からだに悪いです。
なんか最初から壊れてますが、このイタイ感、楽しんでください


ちょっとまじめに・・・・・・
今日は、毎週の金曜日と違い、久しぶりとはじめましてという人たちが釜ヶ崎に参上!

以前の職場(釜ヶ崎地区内)に、約10年前、毎週1回、1年間、
ボランティアとして来られていた保健師さん
(今は公衆衛生看護学講座で教鞭を…)が、同僚の先生と一緒に来られました。

以前ボランティアで来られたとき、ペーペーの私は、今以上に何も知らなくて
ケースのことを彼女に相談し、この仕事で初めて、訪問看護を利用しました。
他に利用できるサービスがないなか、悩みながらの支援に、
いろんなことをおしえてくれたことを、ほん最近のように、クリアに覚えています
むちゃくちゃ感謝してます。あの当時、神様や~  と思ったのを思い出します。

で、今回も訪問看護事業所をたちあげようと思ったとき、
そうだ、彼女に相談しようと、仕事の都合でボランティアに来ることができなくなって
結構な年月経っているのに、悩まず、どこにいるんだろうと所属を探し
さっくりメールを送って、「ひさしぶり」とさっくり返事をいただいたことにも感謝です。
すぐ、ほいほいと研究室にまでお邪魔しにいきました。

つながりで、「こんな、ところあります」と紹介、
同僚の先生はこの前のシンポジウムに来ていただき、ありがたい。

で、二人そろって釜ヶ崎に来ていただくという、今日の日を迎えたと。

釜ヶ崎に来て、短い時間ですけど、一緒にうろうろ。
やっぱり、現場に来ないと空気 や臭いはわからないですよね。

あと、私以上に、この地域の社会資源は個性的な姿を見せてくれます。
この人たちがいないと、釜ヶ崎という街での支援は成り立たたなかったと思います。
すごく大事な社会資源を紹介したり、ちょっと病院で横顔をみてもらったり。

もうすぐ立ち上がる訪問看護部隊のスタッフとも自己紹介をして。。。

ボランティアに来ますと約束。こちらからも大学にお邪魔することなど約束。
あらたなひろがりを感じる一日でした

はるですね。

 春ですね。 なんかしみじみする季節です。

この間お世話になっている人たちの異動が

子どもが生まれておやじになって新しい職場にうつり挑戦する人がいたり、
同じ病院の中で、さらに大変な患者さんと対応するところに異動する人がいたり、
くまモン和椅子をつくってくれた、長い間、釜ヶ崎の作業所にいた人が退職したり、
役所の人も、管理職は今日内示があり、ここ数年お世話になっていた人の異動が。。。

ただ、異動されても、 の仕事は福祉・医療・生活関係を幅広く占めているので
どこかでつながっていることが多いんです。
困ったとき、っと思いだして、異動先の名刺を探し出して、教えてと したり。

毎年、別れと出会いを繰り返し、お世話になった人たちが広がっていきます。

お世話になった人たち、異動されたり、遠くに行かれたりしますが、
それでも、私は釜ヶ崎で「溶けてなくなるまで」みなさまのお帰りを待っています

げんてん。

 最近、訪問看護関係の雑誌にはまっている。
病院の待ち時間や移動中など、結構読んでいる。
脳みその中は、「1」か「0」と言われるくらい二進数の
ものごっつい理系の脳みそしかもっていない自分が、「文字」を飽きずに読んでいる。

訪問看護のこと、全くの素人で、なおかつ、
私自身が、看護師でないということもあり、興味深々。

『コミュニティケア』という雑誌以外にも、
『訪問看護と介護』という雑誌の2013年12月号、おもしろい。
特集で 訪問看護の“プラットホーム”戦略Ⅱ なかなかたのしい。

おもしろい とか たのしいとか 書いているが何が楽しいのか。

訪問看護事業に対する国の動きなどを書いているのだが、
座談会で話をされている内容、訪問看護だけに当てはまる内容ではない。

「自己完結型」から「地域協力型」へ
とか
win-winの関係は…訪問看護と他職種、そして利用者の“三方よし”の関係を形成
とか
「訪問看護の社会化」
とか、今私たちがやっている相談・支援でもいえることと気づかされる。

訪問看護事務所がたちあがり、落ち着いたら、スタッフと一緒に
いろんな地域の訪問看護をとりまく状況、見に行きたいなと思います。

自分の年齢もおばさんになり、最近の若者からちょいと離れた
古臭い思考の持ち主だと思っていたのだが、
「原点」にもどって、しっかり考えていかないとと思いました。

あまりにも、たのしく『訪問看護と介護』を読んでいたので、今日も日付が
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困窮者総合相談支援室Hippo.(ひぽ)

Author:困窮者総合相談支援室Hippo.(ひぽ)

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