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しえんつきじゅうたくしんぽのほうこく①

 先週の日曜日、東京のふるさとの会が行ったシンポジウムに参加してきた。

第11回 支援付き住宅推進会議
「居住支援と生活支援の展開に当たっての社会資源・地域ネットワークの実態に関する全国調査及び普及可能な事業モデルの検討」研究報告会

と、たいそうな名前がついていますが、そもそも支援付き住宅推進会議が始まった経緯は、2009年3月19日起こった東京都の高齢生活保護受給者が群馬県の無届ホームで生活していた「たまゆらの火災事故」から。高齢なのにお金がないため、東京で生活するところがなく、離れた群馬で生活、火災にあう痛ましい事故でした。

このような、住み慣れたところを離れて生活しないといけない…って珍しいこと?

これは、生活保護受給者だけの問題ではないと思うんです。最近、巷でよく言われていることですが
 ① 高齢者の住まいの問題
 ② 核家族化・単身化が進むなかでの介護の問題
 ③ 空き家対策
など、①+②+③ をミックスしてこれらの課題を解決するひとつの方法として、
支援付き住宅というキーワードが出てきました。

支援付き住宅という言葉をきくと、新しく施設を建てるようなイメージを持ってしまうかもしれませんが、具体的に説明すると、今現在生活している家や既存の住宅を活用して、介護保険などの既存の制度では足りない部分を行う【生活支援】を導入することで、新しく【生活支援】労働が生まれ雇用を創出し、街の人たちが顔見知りで、街の中にサロンがあり、安心して地域で生活を続けれるような支えあう街づくりまで、ビジョンがひろがってるんです。

で、次の課題となっているのが、
 ① 【生活支援】って、何?
 ② 【生活支援】 するための財源はどこにあるの?
という大きく二つのことです。

で、全国で【生活支援】を行っている団体にアンケート調査とその中から13団体に聞き取りを行った、その内容の報告がありました。

あと、普及可能な事業モデルにするため、もちろん財源のことが一番大きくなりますが、そのことについての議論もされました。【生活支援】の内容についても、来年度も継続的に議論することになりました。

シンポジウムの報告、まだまだ続きがあるのですが、長くなるので続きはパートⅡで。

うごきだす。

【無理だなんて言わせない】ってブログ書きましたが、言ってみるもんです。動き出しましたよ。西成でなくても、できるって、信じてるもん。

「無理やわ」と言った病院のワーカーさんが、本気で動き出した。かかわっているケースが困らないように、今の現状で何かできないかと、地域で相談支援をしている、長年かかわっている人に連絡、知恵をしぼってくれている。

昨日、途中経過、教えてくれました。

① うちの訪問看護が関わる方法
② うちの訪問看護が関わらなくて支援する方法。

西成区からちょっと離れた地域で生活しているので、訪問看護が行くのは難しいので、②でお願いしました。

釜ヶ崎や西成区でなくても、一人暮らしで生活していても、様々な疾患を抱えていても、困った時に、必ず誰かが助けてくれる、ネットワーク作りの第一歩です。

ひつようあく。

 今日大阪は寒かった。日が沈むとさらに寒い。心も寒く、やさぐれる。 

突然ですが、世の中には、いろんな「必要悪」ってあると思うんです。
最近、そんなことを考えることが、何度かあったのでちょとボヤキ。

それこそ、「必要悪」は【暗黙の了解】で存在しているわけです。それも、すぐ横に。

みんなが、見て見ぬ振りをして、自分には関係ないことって片づけてきたことの中に、「必要悪」って存在していることが多いんじゃないかと思ってます。それも、すぐ横に。

「必要悪」って言葉の意味を、ネットで調べると、コトバンクでは、“よくないことではあるが、組織や社会などにとって、やむをえず必要とされること。”と説明されてます。

例えば、釜ヶ崎って街も、労働力をプールする街、日雇労働者の街、その人たちの仕事がなくなったときはホームレスの街、現在は生活保護受給者の街、その姿はかわるけど、「必要悪」としてつくられたのに、この街を解体しようとする力が働いています。

この地域で生活している人たちを、「必要悪」とわかりながら、この街に囲って生活させるようにさせたのに。

同じことが、ダルク(DARC)でも言える。ダルクって、覚醒剤、有機溶剤(シンナー等)、市販薬、その他の薬物から解放されるためのプログラムを持つ民間の薬物依存症リハビリ施設だけど、リハビリ施設である反面、薬物依存症者を見える形で集める「必要悪」って意味も、市民は持ってるんじゃないのかな。

他にも、毎日の生活の中には、「必要悪」がいっぱい存在している。それを、白か黒か、はっきりさせようとしたり、白日の下にさらそうとしたり、するヤカラがいる。それを「正しい」こととか「正義」とか思って。

傲慢だ! 

「必要悪」をなくすことで、どのようなリスクがあるか、考えてほしいと思った。

しょうせつよりきなり。

先週の月曜日、知り合いと二人で、落語  を見に行った。
仕事ばっかりしているので、気分転換にどう? ってな感じで。

で、結構、有名な人が出るので、楽しみにして行ったのですが、
会場が暗くなったら、だんだん眠くなり、落語の内容に集中できない。
昔、落語みた時、こんなことなかったのに…     楽しめない   

私が疲れているせいか、落語が面白くなかったのか、
おおとりの、桂文枝は、さすがって  感じで、目が覚めましたけど。

なんで、落語がこんなに面白くないのか…、ぶつぶつ考えた結果、自分が一番納得できた理由が一つあった。

それは、落語の世界で話をされる内容よりも、今、 が日常的に経験していること、いろんな人たちとかかわり、一喜一憂していることの方が、楽しくて刺激的だということなのです    

事実は小説より奇なり。

むりだなんていわせない。

 昨日のブログの続きを。なんか、お腹の中に溜まってて気持ち悪い。

【テーマ】休日、一人暮らしのケースが困った時、生活支援している誰かに連絡がつき、そこから困っていることを解決することは無理なのか!

昨日のケースにかかわっている病院のワーカーに、このテーマをぶつけると
無理ですわ と即答でした。もうちょっと考えても…

今、東京のふるさとの会のシンポジウムに来てます。
一人暮らしでも、地域で困らず生活できるには…というのがテーマです。

無理だ!なんて言わせたくないなと思ってます。

シンポジウムの内容は、また次のブログで。
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